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Nagoya
- 2026-06-01
奈奈の中国留学日記(2026年5月)
・東北に行った(ハルビン、長春、瀋陽)
五一節(中国のゴールデンウィーク)を利用して、東北三省を旅行した。6日間の長旅だった。
まず南京からハルビンまで22時間寝台列車に乗った。ゆっくり変わる景色を眺めながらの長旅はとても癒された。普段旅行で行くのは大都市ばかりだが、車窓から見える農村は大都市とはまったく景色が異なる。
ハルビンでは731部隊博物館、ソフィア聖堂、中央大街を訪れた。個人的に、731部隊博物館は展示の仕方が比較的客観的であることに感銘を受けた。東北を訪れる日本人にはぜひ行ってほしい博物館だ。ハルビンは景色も食べ物も特別で、中国らしさとロシアらしさが混在していて、とても特別な街だと感じた。
次に長春に行き、長春に留学している日本の友人と、日本語を学んでいる長春出身の大学生と一緒に観光した。東北菜を食べさせてくれた。とてもおいしかったが、とにかく量が多い。残すのが申し訳ないと思い私と日本の友人は無理をして食べていたが、長春人の友人は「残してもいいんだよ、罪悪感を感じる必要はまったくない」と言っていた。たしかに残すことを前提とした量だが、やはり半分以上残すのは申し訳ないと思ってしまう。長春では、偽満皇宮博物院と東北淪陷史博物館を訪れた。恥ずかしながら、満州国の歴史をきちんと理解していなかったので、訪れてよかったと心から思った。
最後に、日本人の友人と瀋陽に行った。瀋陽はNIAと700ccというドリンク店があり、私たちはこの二店舗があまりにも気に入ったために、24時間のうちに5本飲んだ。東北にいると太る。瀋陽では918歴史博物館と瀋陽故宮博物院を訪れた。918歴史博物館は、展示の方法について思うところはあるが、日本人こそ行くべきであると私は感じた。
東北はご飯もドリンクもおいしく、史跡もたくさんあるため、とても充実した旅になった。南京のある江南地方とは景色がまったく異なるため、中国の文化の多様性も身をもって感じることができた。
それにしても、東北の方言はまったく聞き取れない。HSK6級を持っているはずなのにタクシーの運転手のおじさんと会話が噛み合わない。方言も含めて、まだまだ勉強すべきことがたくさんある。
・中国のお年寄りと若者
中国に来てから、地下鉄や高铁(新幹線)が思ったよりも静かで拍子抜けした。もっと騒がしいものだと思っていた。
しかし、お年寄りはどこに行っても「最強」だ。高铁駅のベンチに大きいリュックを置き、30秒席を外して戻ってきたら、おじいさんが私のリュックをギュウギュウと背中側に押して座っていた。どいてという意味を込めて「不好意思」と言ったら、(あぁリュック取っていいよ)と言わんばかりに背中を傾けるだけで、席は返してもらえなかった。目を離していたし「そこ私の席」とも言えなかった私の負けだ。潔く諦めて、立って高铁を待った。
また、イヤホンで音楽を聴きながら香肠(フランクフルト)を食べていたら、視界の隅で派手な東北ファッションのおばあちゃんが私に話しかけるのが見えた。イヤホンを外すと、「それどこで買ったの?いくら?おいしい?一口くれる?」と言ってきた。貧しいようにも見えず、単純に味が気になったから聞いてきたようだ。あまりにも無敵でびっくりした。
街中で插队(列に割り入ること)をするのも大抵お年寄りだ。地下鉄の待ち列の標識を無視して、列車のドアが開くと同時に正面から突破していく人を何十人と見かけた。「先下后上(降りる人が先)!」とメガホンで叫ばれてもお構いなしだ。まじめに並んでいた別のお年寄りから「不要插队(割り込むな)!」と怒鳴られたことに逆ギレし、目の前で喧嘩が始まったこともある。ウケる。お年寄りが出てきたあとのトイレに入ると、まあまあな確率で排泄物が流されていない。見たくないよ。
フリーダムなお年寄りが多いのに対して、若者の多くルールやマナーを守っている。大学の近くの駅でも、妊婦さんに席を譲ったりしているのをよく見かける。
先日、ホームで高铁の到着を並んで待っていたところ、急いでいたお姉さんが身分証を落としたのが見えた。列を抜けて走って身分証を届けると、「本当にありがとう!助かった!」と言ってくれた。戻って元の列の一番後ろに並び直すと、その列の女の子たちが「今の見てたよ!ここ(元の場所)に入りな!」と、元の場所に入れてくれた。なんて優しいんだろうと嬉しくなったし、声をかけることに躊躇のない中国の人たちはとても素敵だなと思った。
マナーを守るご老人も、逆にルールを守らない若者ももちろんいるが、日本人が思っているほど行儀の悪い人ばかりではない。色んな人がいる。
・ディベート大会
口语课(スピーキング)の授業の中間試験は、グループ対決のディベートだった。日本語でもディベートは苦手なのに、中国語でやるなんて…と緊張で試験日前はよく眠れなかった。
緊張していても仕方ないし、幸いグループのメンバーもみんな積極的に準備する雰囲気だったので、各々で担当を決めて論拠を調査し、グループ内で討論を重ねて入念に準備した。不安そうにする私に「負けても死なないし、試験なんだから出席すれば合格よ!」と同学が明るく声をかけてくれて、なんとか試験会場に這い出すことができた。
800字の意見文を読み上げ、途中で自チームの反論を総括して、自由討論に参加するだけの一番簡単な役割ではあったが、やはり今の自分の能力では即座に相手に対する反駁を中国語で表現することはできず、とても悔しい思いをした。まだまだ改善すべきところだらけだ。
結果としては負けてしまい、チームメイトに迷惑をかけてしまったかなと少し落ち込んだが、苦手なことから逃げずに戦ったことはいい経験になった。これからもできることから少しずつ頑張りたい。
・日中交流イベント
5月中旬の週末に、在北京日本人会と中国の植樹団体の共催で行われた、日中友好植樹に参加してきた。このイベントには、昨年日中友好協会主催の訪中団で知り合った方が誘ってくれた。訪中団に参加したことで知り合いや機会が増えたので、本当に参加してよかった。
バスに4時間乗って河北省の高原に向かった。バス車内ではカラオケ大会が行われた。朝5時起きで眠かったが、朝から元気な中国哥哥姐姐に圧倒されているうちに眠気が吹き飛んだ。
植樹団体側の参加者の人の多くは日本語が話せず、私も中国語の植樹用語はよくわからなかったが、なぜか何とかなった。瀋陽の観光協会に努めるという若いお兄さんと仲良くなり、瀋陽で飲んだおいしい奶茶の魅力を力説した。北京に駐在している、名古屋出身の日本人親子とも仲良くなった。
植樹は想像以上に力仕事だったが、今回協力して植えた木が緑化に役立ち、私たちが死んだ後の100年200年後も高原を潤し続けると思うと、早起きして頑張ってよかったと心から思える。
昼食は河北の料理の宴会で、白酒が出た。途中でまたカラオケ大会も始まった。おじさんたちのテーブルはみんな酔いつぶれて午後の植樹までベロベロになっていたが、私の座っていた若者テーブルではお酒はほどほどに楽しみ、北京語言大学や清華大学に留学する同世代の日本人たちと色々な話ができた。
政治的には日中関係が冷え込んだ時代であっても民間でこのような交流を絶やさないことは、後から振り返ればとても価値のあることだと思う。特に南京ではこのようなイベントは少ないが、せっかく縁あってこの時代にこの地で学ばせてもらっているので、参加できる活動には参加していきたいと思う。
・北京旅行
河北での植樹に合わせて北京を旅した。故宮博物院でも行くか♪と思い直前に調べたら、予約がいっぱいだった。名大の上級中国語の先生に故宮の予約は取りにくいと教えてもらったのに油断していた。
台湾にいるときから好きだったバンド(五月天)のライブの北京場のチケットがちょうど取れたので観に行った。バンドの演出の洗練度合いが素晴らしく、ファンからバンドへの愛がとんでもなく強いのも伝わってきた。五月天の曲は、日常を生きる人を等身大で応援してくれるものが多く、留学中もとても救われているので、このタイミングで見に行けてとても幸せだった。五月天のメンバーは全員50歳前後なのに、そうは見えない若さとスタミナで3時間半歌い続けていてもはや恐怖を覚えた。
北京最終日は、台湾大学交換留学中にクラスメイトだったフランス人が偶然北京に留学していることが分かったので、会って一緒に炸酱面を食べた。2年半ぶりに会えてとても嬉しかったし、以前は英語で話していた私たちが、今は中国語で冗談まで言えるようになっていて、お互いの成長を一緒に喜べたことも嬉しかった。しかも、私が今年9月から台湾の大学院に行くと話すと、その子も9月から台湾の学校で働くということが分かり、縁を感じた。台湾でまた会おうね!と、明るく別れた。また会えるのがとても楽しみだ。
・クラスメイト
私のクラスには18人の学生がいて、国籍や年齢は様々だ。私を含む5人を除いた13人は前学期のクラスからの持ち上がりで、元から仲が良いようだ。
私のクラスには一人、授業中に先生の話を割って質問をしたり、他人の言った意見を強く否定して自分の意見を言ったり、クラスの女の子に時間を問わずメッセージを大量に送ったりする男の子がいる(Aくんとする)。私も、電話しながら寮のロビーを通り過ぎてコンビニに行ったところ、ロビーにいたAくんに挨拶をしなかったことが気になったのか、Aくんがコンビニまでついてきて私が出てくるまで入り口で待たれたことがある。このときは店員のおばちゃんが異変に気付いて見守ってくれた。かなり変わった子だとは思うが、授業外でもずっと一緒にいるわけではないので特に気には留めていなかった。
しかし、クラスの女の子グループがAくんの変わった行動を揶揄して盛り上がったり、Aくんのルームメイトから聞いた部屋での様子を噂として流していて、聞いていてあまりいい気はしなかった。Aくんを除いた微信のグループが作られ、Aくんを揶揄するグループ名が設定されたりしていた。女の子グループを含む食事に誘われて行ったところ、「知ってる?アレ(Aくん)がさ、~らしいよ」と噂を話し始めた。しょうもないと思いつつ、やめなよとも言えない自分がとてももどかしかった。
Aくんの話題のほかにも、「〇〇の中国語下手すぎて聞き取れなくない?」と同意を求められたり、クラスの男の子が風邪を引いたというので薬をあげた話をクラスの女の子にしたところ「××くんが奈奈の部屋に行ったってほんと?!」と内容が屈折して伝わっていたことがあり、次第にクラスメイトに対して不信感を抱くようになってきた。ずっとこんな風では話す気も失う。
大学に入ってから他人を貶めるコミュニケーションに接することがめっきり減っていたので、驚くと同時にとてもストレスを感じている。もちろん根が悪い子たちではないことは分かっているが、聞いていて気分はよくない。クラス外の友達や一人の時間を大切にして、クラスメイトと距離を取りながら過ごすのが自分の精神衛生上よさそうだ。
・ルームメイト問題
私が旅行に行っている間にルームメイトが私の引き出しを漁っている。それも一度や二度ではない。私は工作のためにライターを買い、火器だからときちんと引き出しにしまっていた。しかし、週末旅行に行って帰ってくると机の上にライターが出ていた。真っ赤なライターに奇妙な恐竜が描かれていて、絶対に私のものだ。放置して外出後また戻ってきたら引き出しのもとの位置にしまわれていた。後日「奈奈、ライター貸して」と言われ、どこだっけと探す素振りをしたところ、「この引き出しのここじゃない?」と完璧な場所を指さしてきた。常習犯やないかい。
他にも、私の歯磨き粉が使われていたり、日本語が書かれた私の生理用品が使われてトイレのゴミ箱に堂々と捨てられていたりした。あまりにも繰り返されるので、「私のものなにか使ったことある?」と聞いてみたところ「ライターは机の上にあったから使った、ごめん。そんなに嫌なら弁償する」と謝ってくれた(机の上にあったはずはないが…)。ただ、「そんな聞き方しなくてもいいじゃん」「私はそんなにケチじゃないんだから、奈奈ももう少し大方(おおらか)になったら?」と言われた。(????意味が分からない)価値観の違いなのだろうか。
他にも、仮眠のために深夜1時半に目覚ましを設定していたようで、いつまでたっても起きずに10分ごとにスヌーズを繰り返していた。5回目で私が限界に達し、「起きるなら起きてよ、それかスヌーズ止めて」と言ったところ特大の舌打ちをして二度寝していった。
残り1か月なので部屋替えをするつもりもないが、他人の引き出しを開けない、何か使いたいときは声をかけるというルールは守ってほしい。他人と暮らすということは難しい。
・X2ビザで一時帰国
日本で重要な面接の予定が入ってしまい、大変迷ったが一時帰国をすることにした。本来X2ビザでは出国できないが、申請をすればできるようだ。
まず、大学の授業を休むための申請書である「请假条」を書き、休む授業の先生と留学生課の先生にサインをもらう。その後、留学生のビザを管理している先生に请假条とパスポートを提出し、公安局に提出するための書類を作ってもらう。この書類には、「重要な用事のために大学が帰国を認める」旨が書かれており、これを持って公安局に行く。公安局に行くためには予約が必要だった。
公安局に行き、ビザを申請した。日本から持参したビザ用の写真は、色が薄すぎるからと撮り直しになった。公安局では撮ることができないため、外部の写真屋に行かなければならなかった。
また、南京大学に申請したときのDQ表(申請表)も必要だといきなり言われ、探すのにも苦労したうえ、印刷もできないため印刷屋さんにわざわざ行った。留学に来る前にDQ表の予備を印刷しておくべきだったと反省した。
その後、パスポートを預けてビザができるのを待つ。8日かかった。日本で受け取ったX2ビザは緑色だったが、中国で办理したビザは青色と黄色だった。
無事に帰国して面接を受け、中国に戻ったときに事件は起こった。ビザの「〇日までに入境すること」と書かれているべきところに、「〇日までしか中国に滞在できない」と書かれていて、この日は〇日の1日前だったので、1日しか有効ではない謎のビザを持っているからと税関で止められた。入国管理局の職員が6,7人出てきて騒ぎになり、えらい人に電話をかけて確認したりしていた。空港内を職員と移動して、事情を説明し、えらい人の承認を得て、なんとか入境することができた。危うくトランジットに間に合わないところだった。中国語ができなかったら絶対に間に合わなかった。
これはよくあることなのか尋ねたところ、職員の人は「今まで見たことがない」と話していた。南京の公安局の職員が書き間違えたのだと言っていた。信じられない。
国の役人が出してくれたビザだからと全面的に信頼してしまっていたので、受け取ったあと特に確認もしなかった。たしかによく見ると変な記述ではあるし、確認はすべきであった。(しかし未だに解せない。)