奈奈の中国留学日記(2026年6月)

     ついに最後の一か月になってしまった。半年留学と言っても学校がある期間は4か月しかないので、とても短く感じる。

 

・父が中国に来た

 中学時代から三国志を愛読している父が、聖地巡礼のために中国に遊びに来た。2日間で武漢、襄陽、赤壁の三都市を訪れるというハードなスケジュールだった。父は、中国の高鉄駅の大きさやタクシーの安さ、すべての観光地でパスポートが必要であることにとても驚いていた。また、タクシーの運転手がスマホを見ながら高速道路を運転していたことにとても怒っていた。これは私も危ないと思ったが、運転手に指摘して逆上されるのも面倒なので、事故らないよう祈ることしかできなかった。

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 お店のレジに並んでいるときに現地のおじさんに插队(横入り)されたり、バスで始発駅から座っていたら、優先席でもないのに途中で乗ってきたご老人から「座りたいから若者はどいて」と言われたりしたことに、父は衝撃を受けていた。私はもう慣れてしまったので、そういえば日本ではありえない事象であることを思い出した。中国に来てから大抵のことには動じなくなった。中国では多くの人がとりあえず言ってみて交渉することを前提としているが、日本ではお互いに言わずに我慢することを前提としている気がする。なんでもかんでも無理を通そうとするのはどうかと思うが、はっきり主張する中国の文化は、私は好きだ。

 秩序を重んじる父は、旅行自体は非常に楽しんでくれたものの、「俺は中国には住めない…」と言っていた。私はヨーロッパやアフリカ、中央アジアなど含め19ヵ国を訪れたことがあるが、中国は、多くの日本人にとっては住むことに適性の有無が試される土地であると感じている。慣れてしまえば便利さとカオスが同居している面白い国だとも思う。

 

・日本にいる家族がタオバオにドハマり

 鉄道オタクの父は、中国の高鉄駅で鉄道グッズが買えると思っていたようだが、意外にも全く売っていないことを残念がっていた。そこで淘宝で調べたところ、和谐号の模型が安く売っていたり、定制(オーダーメイド)で駅名標が作れたりすることが分かった。中国のどこにでもすぐに届けられる物流網にも感動し、父は淘宝のアプリをダウンロードして、ChatGPTなどで中国語訳を検索しながら買い物を楽しむようになった。日本では売り切れているような30年前のサッカーユニフォームなども売られており、遠隔の指示を受けてたくさんのものを買わされた。中国の国风(中華っぽいデザイン)が好きな母も、原住民の刺繍デザインのバッグや靴を探し出して私に注文してきた。淘宝にドハマりした家族のおかげで、私の帰国用スーツケースの容積の50%近くが代理購入品で占められる羽目になった。淘宝はやはり楽しすぎる。危険だ。

 

・上海で愛知県人会に参加した

 南京にほとんど日本人がおらず日本語が恋しいと思っていたところに、名大中国中心の刘老师がシェアしてくださっていた上海の愛知県人会のお知らせが飛び込んできて、すぐに参加を決めた。昼間に名大中国中心の先生方と食事をして元気をチャージし、夜に県人会に参加した。

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 参加条件は愛知県にゆかりのある日本人または中国人で、参加者のほとんどは上海に駐在している日本人サラリーマンだった。学生は私含めて2人で、若者として歓迎してもらえた。同じテーブルの人は、私の出身高校の系列大学を卒業している人で、「校門前のあの坂道きついですよね!」などととてもローカルな話題で盛り上がれた。会場の焼き肉店の経営者も日本人で、本当に日本にいるかのような感覚だった。中国に来てから、街中で日本語を話すときはほんの少しの緊張が常に付き纏っていたが、この時間だけは心から安心して過ごせた。現地のコミュニティに溶け込むこともとても大切だが、駐在や留学で長期間滞在する人には、このような安心できる場が必要だと感じた。


・期末試験

 とうとう期末試験期間がやってきてしまった。5日間のうちにテスト2つとプレゼンとスピーチ、そして太極拳の演武テストが重なり、発狂するかと思った。

 综合汉语课のテストはそれまで習った内容のピンインを問われたり文法を使って作文をしたりする問題に加えて、先生の出身地の故事についての長文が出題されてそれを読解するものだった。復習は十分ではなかったものの、なんとかなった。

 中国地理のプレゼンは様々なレベルの学生が受講しているため、スクリプトを見ながら話すことが許されていた。助かった。覚えきれずにスクリプトを見ながら話したのに、最終成績評価は99点だった。ありがとう先生。

 口语课のスピーチは、小さなメモの持ち込みが許可されていたので、日本語でトピックだけ書いておき、スピーチ中に詰まったらそれを見て即座に思い出し、その場で中国語で再構成しながら話した。原稿を日本語で書いてAIに訳させてしまうと自分の言葉ではないために忘れてしまうので、スクリプトも自分で書くようにした。なんとかなった。

 一番大変だったのは太極拳の演武テストだった。二人一組に分かれてみんなの前で演武を行うのだが、私を含めた数人は完全に劣等生で、毎回の授業で「あなたたち!角度が違う!」と怒られていた。テスト前にその劣等生数人で何回か集まって自主練をした。たまたま通りかかった先生がその自主練を見かけて、「真面目でえらい!演武はヘタクソだけど加点!」と評価してくれて、成績は何とかなった。

 同学と優しい先生たちに救われた期末試験だった。

 

・クラスメイトと人狼

 テストが終わり、同学が遊びに行こうと誘ってくれた。大きな円卓で大人数でご飯を食べたあと、中国語の四字熟語・故事成語しりとりという高度な遊びが始まってびっくりした。さすが南京大学の语言班で最もハイレベルなクラスだ。私は全くついていけなかったので、途中で離脱して眺めていた。私もはやくこの境地に達したい。

 四字熟語しりとりが終わったあとは、公園に行ってみんなで人狼をした。これも大変にハイレベルで、私は弁明をするための中国語の文法が分からなかったため、楽しかったものの議論にあまりついていけなかった。悔しい。もっと勉強せねばならない。

 

・雲南に行った

 試験が終わり、同学と雲南省に行った。まず南京の空港から丽江に飛び、丽江古镇で民族衣装を着たり、玉龙雪山のツアーに参加したりした。丽江は標高が3500mを超えるほどに高く、いきなり高地に行ったために息苦しくて夜はまったく眠れなかった。玉龙雪山は4500m越えで、少し登るだけで頭が痛くなって酸素が欠かせなかった。しかし、見たこともないほど壮大な雲海を見ることができ、訪れてよかった。その後は大理に行き、白族の料理や藍染め体験、甲马(版画)体験を楽しんだ。最後に昆明へ行き、昆明野生動物園でトラを触ったりキリンに餌をあげたりした。雲南省の滞在中、过桥米线(具材が別になっている麺料理)と野生菌火锅(キノコ鍋)をそれぞれ複数回食べた。雲南コーヒーを飲み、傣族のご飯も食べた。南京のあたりとは食文化が異なっていて、とても興味深かった。とてもよいところだった。

 

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・シルクロードを辿った(西安、敦煌)

 帰国前最後に、日本から来た妹とシルクロードを辿る旅をした。西安で兵馬俑を見た。教科書で見た兵馬俑だ…!と感動が隠せなかった。しかし、感動したのもつかの間、ものすごい人だかりで、正面からゆっくりと眺めることはほぼ不可能だった。夏休みはどこもたくさんの人がいる。西安ではびゃんびゃん面も食べた。

 次に敦煌に行った。国内線でも3時間かかるなんて、中国はなんて大きいんだ。敦煌はほぼノープランで訪れてしまったものの、空港から乗ったタクシーの運転手さんに旅程を相談したところ、乗っているタクシーをそのまま包车(貸し切りタクシー)にしてくれるといい、調べた結果価格も適正だったので依頼することにした。シルクロードの南北の関所である阳关と玉门关、敦煌丝路城、汉长城を訪れた。敦煌はその日44度の暑さで焦げるかと思ったが、包车してでも訪れる価値はあった。翌日も、タクシー運転手さんの勧めで、早朝から鸣沙山(大きな砂山)でラクダに乗り、雷音寺を訪れ、莫高窟に行った。莫高窟は中国語と同じ値段で日本語のガイドを付けることができ、他に日本人がいなかったため、私たち2人の貸し切りで説明を聞きながら回ることができた。隋の時代に描かれた壁画や仏像を見ることができ、中国の歴史の長さを身を持って感じることができた。

 

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・重慶から帰国、またしても税関で止められる

 敦煌から日本に帰る飛行機が異様に高かったため、重慶を経由して帰国することにした。重慶では、高鉄に乗って世界自然遺産のある武隆を訪れた。日本では見ることのできない壮大な景色に、私も妹も感動しきりだった。この先の人生で嫌なことがあったら、中国に壮大な景色を見に帰ってこようと決意した。

 せっかく重慶に来たからということで火鍋を食べた。微微辣を注文したのに、信じられないくらい辛かった。あれが微微辣だなんて、重慶人の舌はどうなっているんだ。あまりにも辛かったので、妹は「災害だ…」と形容していた。カプサイシンの効果でしっかりお腹も下したが、重慶らしい経験ができたと満足している。

 南京から顺丰(宅急便)で送ったスーツケースを受け取り、重慶江北国際空港から帰国した。出国審査の際に、公安局が書き間違えたビザ(5月の日記参照)で手続きに問題が起こって弁明し、さらに、パスポートの写真が本人と似ていないからと税関職員が集まってきて話し合いになった。私はパスポート取得後にホクロを取る手術をしており、写真写りも異様に悪いため、中国の税関を通るときに本人かどうか疑われるのはこれで4回目だ。南京大学の学生証を見せ、ホクロ手術直後の傷跡写真やメイクの変遷を説明して何とか税関を通ることができた。髪で隠れて耳が写っていないのも問題だと言われたため、これからパスポートを取る人には耳がよく写るよう撮影することを強くお勧めする。

 

・日本に帰ってきた

 長いようで短い4か月だった。たくさんの人と出会い、助けられた4か月だった。うまくいかないことや悔しいこともあったが、今後の課題を見つけることができたと捉えて今後に生かしていきたい。このような貴重な機会を与えてくれた名古屋大学と南京大学に心から感謝したい。非常感谢!!

 

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